大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(ワ)33号 判決 1975年12月24日

原告 渡辺ちか

右訴訟代理人弁護士 堀越金次

被告 日本国有鉄道

右訴訟代理人 金子幸司

同 林信一

同 宮口威

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)被告は原告に対し、金三九四万三四五三円およびこれに対する昭和四七年一〇月二一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)被告は、第三次長期計画による輸送力を強化するため、昭和四二年一二月東海道本線鶴見塩浜間に貨物線を新設する工事に着手し、昭和四八年一〇月一日に工事完成の予定であったところ、訴外張利根(以下単に張と称する。)が右新設工事に必要な被告所有の鉄道用地を不法占有していたため、その立退明渡が右計画の遂行につき緊急かつ不可欠であった。

(二)そこで、被告は張との間で、昭和四七年一〇月一六日、張は被告に対し同年同月二〇日までに川崎市川崎区下並木三〇番地三所在家屋番号同町三〇番三の家屋から立ち退き、同区下並木三〇番地の土地を明け渡し、被告は張に対し、右立退明渡に対し補償金を支払う旨の合意をした。従って、張は被告に対し立退明渡補償金債権を有していた。

(三)(1)原告は、原告の張に対する貸金債権についての横浜地方法務局所属公証人鈴木正二作成に係る昭和四二年第二四七二号金銭消費貸借契約公正証書に基づき、昭和四七年一〇月一六日、前記(二)記載の立退明渡補償金債権に対し、金三九四万三四五三円に充つるまでの差押および転付命令(横浜地方裁判所川崎支部昭和四七年(ル)第三〇一号、同年(ヲ)第三二七号事件)を得、右決定正本は同年同月一九日張に、同月一七日被告に各送達された。

(2)よって、原告は被告に対し、金三九四万三四五三円およびこれに対する履行期の翌日である昭和四七年一〇月二一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実(一)、(三)(1)は認め、その余は否認。

三、被告の主張および抗弁

(一)被転付債権の不存在

1.被告は張と昭和四七年一〇月一六日、請求原因(二)記載の家屋・土地の立退明渡に関し合意をしたが、その内容は、張はその所有する建物を同月二〇日までに全部移転し、被告は張が右期日までに移転を完了したときは、移転補償をする、というものであり、右契約に基づく立退移転補償金債権は、張が将来建物の移転を完了したときにはじめて発生する未確定な権利であり、建物移転完了前においては、民訴法六〇一条にいわゆる券面額のある債権にあたらず、転付命令の対象となる適格を有しないものである。

2.原告が転付命令を得た昭和四七年一〇月一六日は、被告が張と前記合意をした日と一致しており、右命令の発令時刻が契約締結時刻より早いときは、立退移転補償金債権はいまだ全く存在せず右命令は無効である。然らずとしても、右転付命令発令当時、張はいまだ建物の移転は完了していなかったのであり、1記載の合意内容に徴すれば、立退移転補償金債権はいまだ発生しておらず、従って、かかる時期に発せられた右転付命令は無効である。

(二)抗弁

張は昭和四七年一〇月二〇日までに前記1の契約に基づく建物の移転義務の履行をしなかったので、被告は張に対し、同年一〇月二二日到達の書面をもって右契約を解除した。従って、被告は張に対し立退移転補償金を支払う義務はなく、これが転付を受けた原告に対しても右の支払義務はない。

四、抗弁に対する原告の主張および再抗弁

(一)原告は張の被告に対する立退明渡補償金債権の転付債権者であって第三者であるから、被告主張のとおり契約解除がなされたとしても、被告は右解除をもって原告に対抗することができない。

(二)再抗弁

(1)被告は、転付債権の支払を免れるため張と通謀して前記契約解除を仮装したものであるから、契約解除は無効である。

(2)請求原因(一)に記載したとおり、被告の事業遂行上、張の前記家屋からの立退および土地の明渡は緊急かつ不可欠であったこと、被告が究極的に任意に張をして右立退明渡をさせている事情をあわせ考えれば、被告主張の契約解除は、転付債権者である原告に対する支払を免れるためにしたものであって、信義則上許されず、権利濫用にあたり、無効である。

五、再抗弁に対する認否

再抗弁(1)は否認する。再抗弁(2)のうち、張の立退明渡が被告の事業遂行上緊急かつ不可欠であったことおよび張が任意に立ち退き明け渡していることは認めるが、その余は争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、被転付債権の存否および転付命令の効力について

(一)請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)右争いない事実と証人玉岡淑子の証言、および同証言と弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証を総合すれば、被告は請求原因(一)に記載の貨物線の新設工事に着手するためには、張が不法占有している川崎市川崎区下並木三〇番地三の土地を明け渡させることが必要であったので、被告は張との間で、昭和四七年一〇月一六日、張は同月二〇日までに同所所在家屋番号同町三〇番三の家屋を移転して右土地を被告に明け渡し、被告は右移転に対する補償金として金四八三万四〇二九円を張に支払う旨を合意したものであることを認めることができ、これに反する証拠はない。

(三)請求原因(三)(1)の事実は当事者間に争いがない。

以上によれば、本件転付命令は、張と被告との間に立退明渡補償金債権の支払の合意がなされたと同じ日である昭和四七年一〇月一六日発せられているが転付命令は第三債務者に対する送達の時に効力を生ずると解すべきであり、本件転付命令が第三債務者である被告に送達されたのは、同月一七日であること前記(争いない事実)のとおりであるから、たとえ、右転付命令が右合意の前に発せられたものであるとしても、結局において、転付命令は張の被告に対する立退移転補償金四八三万四〇二九円中金三九四万三四五三円について有効と解すべきである。

被告は本件立退移転補償金債権は張が将来建物の移転を完了したときにはじめて発生する未確定な権利であって転付命令の対象となる適格を有しないと主張するが、返還期前の身許保証金債権や工事完成前の請負代金債権について転付命令を許すべきであるとするのが判例であり、右確定事実によれば、本件立退移転補償金債権はその金額もきまっており、右の債権等と転付命令に対する点では同性質のものと考えられるから、これに対し転付命令を許さない性質のものと解することはできない。

二、立退移転補償金支払契約の解除の効力について

張が昭和四七年一〇月二〇日までに建物の移転義務の履行をしなかったので、被告が張に対し、同月二二日到達の書面をもって立退明渡および立退移転補償金支払に関する契約を解除する意思表示をしたことは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。従って、張は、これにより契約の当初に遡及して立退移転補償金債権を有しなかったことになる。

ところで、民法五四五条一項但書にいう第三者とは、契約解除前において、契約に基づく給付の目的たる物または権利の譲受人、給付の目的物の抵当権者、質権者、給付の目的物の賃借人であって対抗要件を備えた者をいい、解除によって消滅する契約上の債権そのものの譲受人はこれに入らないと解すべきところ、契約上の債権そのものの転付債権者は右債権の譲受人に準じて考えるべきであるから、右第三者に該当しないといわなければならない。原告は前記契約上の立退移転補償金債権そのものの転付を受けた転付債権者であるから、被告は前記契約解除の遡及効をもって原告に対抗することができるものといわなければならない。

原告主張の再抗弁(1)については、これを認めるに足りる証拠はないし、同(2)については、張の立退明渡が被告の前記事業の遂行上緊急不可欠であったことおよび張が究極的に立退明渡をしていることは当事者間に争いがないが、これらの事実をもってしては、いまだ右再抗弁事実を認めるには足りず、その他には右再抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすれば、原告の本訴請求は理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例